お正月~地元の祠・お堂詣り
2022年あけましておめでとうございます。
年末年始、寒い年明けになりました。日本海側や北海道では寒波で大雪になっているようで帰省客の足にも影響があるのではないかと心配です。
こちらでは北風は冷たかったものの、おおむね晴れて穏やかなお正月でした。
元旦はポストに追加の年賀状を投函しに行っただけで、家事の合間にニューイヤー駅伝を見たり読書をしたりして過ごしました。
二日は午後から、運動不足解消もあり、地元幕張の小さなお堂巡りをしました。
「どうの山」と呼ばれる原生林となっている小高い丘に、石造りの小さな祠があります。かろうじて「神社」の文字は読めますが、摩耗してしまってよくわかりません。
石づくりの像が祀られている祠。私たちが子供の頃はここには寶憧寺の別院として大日堂の建物があり、子供会のクリスマス会などには集まってお菓子やお茶を飲んだりしました。十数人の大人や子供が集まれるくらいの大きさのお堂だったのですが、いつの間にかなくなってしまったようです。
子供の時は気がつかなかったけれど、ちゃんと大日如来像も安置されていたようです。
今は、石仏様が何体か草に埋もれていました。
また別の場所には、「小御嶽磐長姫神」の文字が刻まれた石碑がぽつんと立っています。富士山信仰の地でしょうか。
そこから少しのところに石の階段があります。一応「危険 この先立入禁止(大宮神社)」の看板がありますが、昇っていくと注連縄が飾られた陶製の祠があり、お酒や小銭が供えられていますから、お詣りする人がいるのでしょう。
そこから数分歩いたところ、民家の間の狭い路地の先に木の鳥居がありますが、神社の名前もわかりません。鳥居をくぐると急な石の階段を昇ります。
小高い丘の上、灯篭と狛犬は残っていますが、神社の建物は礎石だけしか残っていません。中央に本殿があり、両側には塔があったように思えました。
狛犬も摩耗していますが、まだまだ迫力を感じる面構えです。狛犬の足元の礎石は鳥居の跡でしょうか。
灯篭も立派で、敷地内にはほかにも礎石のようなものがあり、かつては信仰されていたのではないかと思われる佇まいです。
私が子供のころは、元日には日の出前に、父と弟と3人で小銭や洗米を持って、これらの小さな祠やお堂を巡りました。私は小学校に上がると、女の子は台所で母の手伝いをするように言われ、それからは父と弟だけがお詣りしていました。ですから、弟はよく覚えているようですが、私は具体的にどこに行ったかの記憶はなく、今年、改めて弟に場所と状態を聞いて、初めてひとりで巡ってみました。一時は結構荒れ果てたところもあったようですが、現在は定期的に手入れをしてくれる人もいるようで、お詣りするには支障がないような状態に保たれています。どのようないわれがあるのか、何をお祀りしているのかはわかりませんが子供の頃に戻ったようで、静かに手を合わせてきました。
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